バル & ピエール・プロ 『しょぼいヒーローたち』

原正人 (2009/02/21)

Baru(dessin), Pierre Pelot (original), Pauvres zhéros, Rivages/Casterman/Noir
バル作画 ピエール・プロ原作 『しょぼいヒーローたち』 リヴァージュ/カステルマン/ノワール

『しょぼいヒーローたち』 カバー 『しょぼいヒーローたち』 p.10 『しょぼいヒーローたち』 p.46

2009年度の第36回アングレーム国際バンドデシネ・フェスティヴァルのオフィシャル・セレクションにノミネートされた作品です。

『しょぼいヒーローたち』(Pauvres Zhéros) – MBD (マベデ)

サン=モーリス孤児院で働くシルヴェットは、ある日、一人で子どもたちを連れて散歩に出ることを命じられる。同僚のテレーズは子どもの一人を医者に連れて行かねばならず、彼女一人で残りの子どもの面倒を見なければならないのだ。広場で子どもたちが遊んでいるのをのんびりと眺めるシルヴェットの元を恋人のマヌッチが訪れる。二人は他に人がいないのをいいことに、しばし甘い一時を過ごすが、その間にダウン症の子どもジョエルが姿を消してしまう……

ジョエルの失踪は孤児院はもとより町全体に騒動を引き起こす。実は、その夜、ジョエルは町はずれに住む白痴アルベールの家の近くまでふらふらと歩いていたのだ。ちょうど宇宙人の映画を見ていたアルベールはジョエルの姿を見かけ、宇宙人が本当にやってきたのだと思い込み、極度におびえてしまう。アルベールの親友でうだつのあがらないブレモンは、アルベールの話と町の騒動を聞きつけ、事態の真相を知る。

彼は町の住民から信頼を得るべく、ジョエル捜索のヒーローになろうとこずるい計画を立てるが……

『太陽高速』という作品で日本でも知られるバルの最新作です。受賞こそしませんでしたが、うらぶれたフランスの田舎町で起きる事件の顛末を、どこか愛嬌のある味わい深い絵と水彩テイストで滲みがいい感じの色彩で描いていて非常にすばらしい。主人公のブレモンが住む世界は活気がなく、どこか沈滞ムードが漂っていて、ユーモアなどがないわけではないのですが、今後、彼が社会の底辺から抜け出せるような感じがまったくしない、その救いのなさが絶妙に描かれています。この作品を読んである種の生々しさを感じる読者もいるのではないでしょうか。

タイトルの pauvres zhéros というのは pauvres héros 「まぬけなヒーローたち」と言う時に、本来は「ポーヴル・ロ」と発音すべきところを、「ポーヴル・ロ」と誤ってリエゾンさせてしまう、子どもなどにありがちな間違いを表記したものだそうです。音が zéro 「(数字の)ゼロ」に通ずるところから、ヒーローになりたがっているのだけど、結局、何者でもない主人公の境涯と、彼が属している社会の底辺ぶりを見事に要約しています。ここではとりあえず「しょぼいヒーローたち」と訳してみました。

ネタバレになるので詳しくは書きませんが、表紙の絵が非常に皮肉が利いたすばらしいものであることを付け加えておきます。

この作品のオリジナルは、1982年にピエール・プロが出版した同名の小説です。フランスの犯罪小説史に燦然と輝く Rivages (リヴァージュ)社の叢書 Rivages/Noir (リヴァージュ/ノワール)から上梓されたとのこと。なお、リヴァージュ社は今現在は Payot (ペヨ)社と合併してPayot & Rivagesとなっているそうです。さて、その Rivages/Noir のラインナップを Casterman(カステルマン) 社がBD化したのが、今回の作品も収められている Rivages/Casterman/Noir という叢書ということになります。今現在 5 冊が出版されている様子。

上でも少し触れましたが、このBDの作者バルは、かつて講談社『モーニング』誌に『太陽高速』を連載していました。単行本にもなっています(長谷川たか子訳、講談社、モーニングKCDX、1995年)。今でもたまに古書店やアマゾンのマーケット・プレイス、ネットオークション等にも出ることがあるので、興味がある方はぜひ探してみてください。

1990年代の『モーニング』は実にさまざまな海外作家の作品を掲載しており、その中にはBaudoin(ボードワン)Pascal Rabaté(パスカル・ラバテ)David B.(ダヴィッド・ベー)Lewis Trondheim(ルイス・トロンダイム)Emmanuel Guibert(エマニュエル・ギベール)Alex Barbier(アレックス・バルビエ)なども含まれていました。その頃の仕事を継承しているのが、同じ講談社の『MANDALA (マンダラ)』であったり、『モーニング・ツー』の一部の仕事であったりするのでしょう。このあたりの経緯も書きたいことはあるんですが、それはまた改めて。

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