バスチャン・ヴィヴェス 『塩素の味』

原正人 (2009/02/02)

Bastien Vivès, Le Goût du chlore, Casterman, 2008
バスチャン・ヴィヴェス『塩素の味』カステルマン、2008年

バスチャン・ヴィヴェス 『塩素の味』 表紙 バスチャン・ヴィヴェス 『塩素の味』 81頁 バスチャン・ヴィヴェス 『塩素の味』 122頁

2009年度の第36回アングレーム国際バンドデシネ・フェスティバルのオフィシャル・セレクションにノミネートされ、みごとEssentiel Révélation(優秀新人賞)を獲得した作品です。


脊柱側湾症を患う主人公の少年は、かかりつけの運動療法師の勧めでプールに通うことになる。最初の内はあまり気のりしない彼だったが、同年代の水泳の上手な少女を見かけ、彼女と親しくなり、彼女に惹かれていくにつれて、水泳そのものの魅力も発見する。毎週水曜日、プールでの逢瀬を楽しむ二人。だが、ある日、二人の関係に突然の変化が訪れる……。

物語のほぼ全編がプールで展開されます。プールのエメラルド・グリーンが非常に美しい。水中シーンでは、登場人物の輪郭線が省かれていて、それが独特の効果を生んでいます。

BDは、日本のマンガに比べるとページ数が少ないので(本文に費やされるページ数は基本的に44ページです)、一般的に一ページにおけるコマ数が多くなりがちなんですが、この作品は130ページほどあるということもあり、あまりコマをつめていず、日本人にとっても読みやすい。それほど複雑なストーリー展開があるわけではなく、印象としては日本マンガの短編を一本読んだ感じですが、非常にすがすがしい印象を与える作品と言えるでしょう。泳ぐという行為を徹底して描くと同時に、主人公のガール・フレンドへの視線を追体験するようなつくりになっていて、官能的ですらあります。主人公が徐々にヒロインと打ち解け、水泳に惹かれていくのを感じるというワクワク感もある。

判型についても一言触れておきましょう。ページ数は上で述べたように従来の単行本(アルバムと言います)より大幅に多いのですが、判型も異なっていて、従来のものより一周り小さいB4くらいの大きさです。この判型は、グラフィック・ノヴェルとかオルタナティヴBDとか言われたりする白黒の作品に多かったのですが、ここ数年カラー作品についても、この大きさの単行本が普及しつつあります。コンパクトで従来のアルバムに比べると携行しやすく、日本人にとってはより気軽に読める印象があります。おそらく従来のBDファンに対しては新鮮な印象を与えるだろうし、ページが厚みを持つことで、読みのドライヴ感のようなものも生まれるかもしれません。まさしくこの新しい作家の作品を伝えるのにうってつけの判型と言えるでしょう。

作者のバスチャン・ヴィヴェスは1984年生まれ。2007年に Elles (s) (『彼女(たち)』)という作品でデビューしたばかりの、まだ20代半ばの新人です。制作過程をブログで公表し、ロック・フェスティヴァルのノリで読者にも参加してもらおうというBD出版社カステルマンのレーベル「KSTЯ」から出てきた作家で、ごらんの通り、非常にみずみずしい感性を持っています。今後の活躍に大いに期待しましょう。

追記(2/16):日本語でBDを購入できるマベデアングレームノミネート作品コーナーで『塩素の味』(フランス語版)を購入できます。価格は3000円+送料(250円から)。Amazon.fr で買う場合は26.02ユーロ(本体11.12+送料14.90)で、¥118/€1 で計算すると約3070円と、昨今は円高なので少しだけ安くなりますが、日本語で買える安心感と到着の早さを考えればマベデに200円弱払う付加価値は十分あると思います。

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