ギャリ 『脂肪とわたし』
原正人 (2009/02/16)
Gally, Mon gras et moi, Diantre, 2008
ギャリ 『脂肪とわたし』 ディアントル 2008年
2009年度の第36回アングレーム国際バンドデシネ・フェスティヴァルのオフィシャル・セレクションにノミネートされ、Essentiel FNAC-SNCF (フナック‐SNCF優秀作品賞)を獲得した作品です。フナックとSNCF(フランス国鉄)、二大スポンサーの名を冠した言わば読者賞のようなもので、フランスの一般読者に支持された作品と言えそうです。
ダイエットという強迫観念にとりつかれた、ちょっと太めの作者の日常生活を描いたエッセイBD。基本的には1ページ単位で、ダイエットにまつわる日常の一コマが次々に語られていく。自分の体型に合う服がなかなか見つからないと嘆いてみる一方で、小さな服のおかげで胸元が強調されると開き直ったり、知人たちの言葉に傷つく一方で、恋人の優しい言葉に慰めを見出したりと、自虐しながらも、作者はポジティヴに日常を生きていく。現代に生きる等身大のフランス人女性を描いた作品。
日本のマンガにもよくありそうな日常生活を描いた作品で、4コマというわけではありませんが、基本的に1つのエピソードが6コマ(1ページ)で完結する定型的なマンガになっています。また、黒とピンク(肌の色)の2色のみで描かれているのも特徴のひとつ。
正直、女性の自虐ネタなど当たり前の日本マンガの読者にはあまり衝撃的には映らないかもしれません。そもそもデブなのに優しい彼氏がいるみたいな設定になってる時点で既に面白味半減みたいな……(笑) まあ、でも、そこはこのような作品がまだあまり多くはないBDということで……。
そう、何よりもフランスでこのような作品に賞が与えられたことに価値があります。いまだにBDの読者は男性が大半を占め、作品の多くが冒険もの主体という固定観念がある中で、若い女性が自らの日常を自嘲を交えてシンプルな描線で語るという……。装丁もB5版ほどのソフトカバーで、いかにも新しいBDという感じです。たるんだお腹をピンクを用いて描いた表紙もインパクトあり。
BDにはそもそも女性作家が日本マンガほど多くはありません。古くは L’Echo des savanes (『レコー・デ・サヴァンヌ』)の創刊や Les Frustrés (『欲求不満な人々』)といった作品で知られる Claire Bretécher (クレール・ブルテシェール)、最近では邦訳もある『ペルセポリス』の Marjane Satrapi (マルジャン・サトラピ)など、高く評価されている女性作家はいるのですが、ブルテシェールはプチ・ブル的生活を皮肉をこめて描き、サトラピは自らの戦争体験と女性としての自立を私マンガの形式で描いていて、どちらかと言うとインテリ受けしそうな作品という印象がありました。それに対して本作のギャリや、昨年 Moi, je…(『わたし……』)の続編がアングレームにノミネートされていた Aude Picault (オード・ピコー)などは、ずっと軽い内容を扱っています。1990年代以降ずっと変化を続けてきたBDがやっと一般にも浸透し始めたことの表れなのかもしれません。
出版社ディアントルのサイトで紹介されているプロフィールによれば、作者のギャリは1980年生まれ。商学を学んだあと、出版社勤務を経てプロのBD作家になったとのこと。この本の前にも何冊かBDを出しています。なかなか活動的な人のようで、『脂肪とわたし』ブログ、彼女自身のブログ、彼氏と一緒に管理している若干エロチックなブログと、ブログを三つも運営しているそうです。「Bodoï」(ボドイ)のサイトに載っているインタビューを読むと、元々この作品はブログ上で公開されていたとのこと。2007年の初めに作中にも登場する作者の恋人、BD作家の Obion (オビオン)のすすめもあって、ダイエットがうまくいかずに悩んでいた作者が一種の自己治療のような試みとしてはじめたそうです。既に作品を刊行している作者の新作というバイアスを避けたくて、当初は匿名で公開していて、出版に当たっては大幅に編集・加筆を行なっているとのことです。
追記: オンラインショップ「マベデ」で取り扱いが始まりました。
Mon gras et moi (脂肪とわたし) – MBD (マベデ)